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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 どこでもトイレプロジェクト > 「建設現場」どこでもトイレプロジェクト〜快適トイレの実現に向けて〜

はじめに

公衆トイレといえば3K であった。「くらい,くさい,きたない」である。例えば,2003年に千代田区が区内の公衆トイレ30ヵ所と公園トイレ4ヵ所,計34ヵ所について利用実態調査を行ったところ,利用者数のうち97%が男性で,女性の利用はわずか3%という結果になった。つまり,公衆トイレは女性から認められていなかったのだ。私たちはこの調査業務を担っていたため,現場でトイレ利用者数をカウントしていたのだが,多くは男性の会社員やドライバーであったことが印象的である。この課題を改善すべく,千代田区は女性が安心して使うことのできるモデルトイレづくりに取り組んだ。その結果,誰でも快適に利用できる「安全で明るく清潔なトイレ」の整備モデルとして,秋葉原駅東側駅前広場内に有料公衆トイレを建設した。有料化したのは,ハイグレードな仕様と係員常駐により,だれもが快適に利用できる質の高いサービスを目標とするためだ。
 
近年,家庭や商業施設のトイレは格段によくなり,街の公衆トイレも,熱心な自治体では10年以上前から本格的な改善に取り組んでいる。その一方で,取り残されている分野のトイレがある。それは,公立小中学校のトイレ,災害時のトイレ,障がい者・高齢者・外国人等に配慮したトイレ,イベントのトイレ,そして建設現場のトイレである。
 
本稿では,このうち,建設現場のトイレをクローズアップし,建設現場のトイレ改善の重要性と改善による社会的波及効果について整理する。
 
 

1. 働く環境におけるトイレの大切さ

1-1 国によるトイレ改善の施策

事業所におけるトイレは,労働安全衛生規則(表- 1)で定められている。かなり古いものになるが,考え方として最低限の内容が記されている。
 

表-1 労働安全衛生規則におけるトイレの記載




 
 
山岳トンネルや橋梁,ダムなど,土木工事の現場では上下水道がないため,水洗トイレを整備することが困難であり,仮設のくみ取りトイレで対応せざるを得ない。また,男女共用である場合も少なくないと聞いている。
 
時代は変わり,これからは女性も建設現場の最前線で働くことのできる環境を整えることが求められている。安心して利用できるトイレがなければ,水分の摂取を控えてしまうこともあるだろう。それでは,安全管理も健康管理もままならない。また,女性技能者へのアンケートで「女性が建設現場で働くために最低限必要な設備は?」という質問に対する回答で最も多かったのは,「清潔な女性専用トイレと更衣室」だったそうである。
 
内閣官房は「暮らしの質」向上検討会の提言(平成27年5月)において,トイレに関する「基本的な考え方」(表- 2)として5つのポイント「男女別」「安全」「清潔」「落書き防止」「マナー」をあげている。
 

表-2 トイレに関する「基本的な考え方」の提示




 
 
働く場におけるトイレ環境をよくすることは,そこで働く人を大切に思っていることの意思表示である。そういった意味では,トイレの改善は会社の姿勢を示しているともいえる。今の時代,トイレが快適でない職場に良い人材は集まらないのは誰もが分かっていることである。
 

1-2 建設業界の動き

総務省「労働力調査」をもとに国土交通省が算出したデータによると,平成26年の建設業就業者数は,55歳以上が34.3%を占め,29歳以下は10.7%である。一方で,建設現場で働く女性は「労働力調査(平成24年,総務省統計局)」によると,技術者約1万人,技能者約9万人の計約10万人で,技術者・技能者全体に占める女性の割合は約3%となっている。比較するものでもないが,冒頭の千代田区の公衆トイレ利用率と同じである。
 
そこで,国土交通省・建設業5団体は「もっと女性が活躍できる建設業行動計画(平成26年)」を策定し,女性技術者・技能者を5年以内に倍増することを目指すと発表した。この行動計画には,トイレや更衣室の設置など,女性も働きやすい現場をハード面で整備することが記載されている。
 
また,平成27年4月に一般社団法人日本建設業連合会は「『けんせつ小町』が働きやすい現場環境整備マニュアル」を発表した。ここでは「1.女性が働きやすい設備等の整備」として女性に配慮したトイレを整備することが記載されている(表- 3)。
 

表-3 女性に配慮したトイレ整備の内容




 
 

2. どこでもトイレプロジェクトの可能性

2-1 どこでもトイレプロジェクトとは

どこでもトイレプロジェクトとは,国土交通省大臣官房技術調査課と共に推進する取組みのことを指す(図- 1)。
 

図-1 どこでもトイレプロジェクト




 
 
建設現場で使用されている仮設トイレは,建設現場以外においても様々なシーンで活用されている。ここでは主な用途として3つ挙げる。1つ目は,災害時に避難所に設置されるトイレ,2つ目はイベント時のトイレ,3つ目は河川敷の公園など,下水道や浄化槽が整備できない場所のトイレである。ただし,仮設トイレは建設現場での利用を主目的として開発されてきたため,快適性よりも堅牢性や可搬性が重視されてきた。スペースは狭く,和式トイレが多く,入り口には段差がある場合が多い。その結果,避難所では課題を多く抱えていた(図- 2)。また,マラソン大会や花火大会,野外コンサートなどのイベントも同様にトイレの快適化が課題である。
 

図-2 避難所における仮設トイレに対する改善要望(計86人)  出典:東日本大震災トイレ事情報告会(日本トイレ研究所)




 
 
ここで災害時のトイレ問題について説明する。被災者の中でもとくに高齢者や障がい者にとっては仮設トイレを使うのが困難,もしくは使えない(写真- 1)。
 

写真-1 避難所に設置された仮設トイレ(東日本大震災)




 
 
東日本大震災では,車いすを利用した高齢の女性が,ドロドロになった仮設トイレを四つん這いになって自力で這い上がって使用している場面にであったことが忘れられない。熊本地震では,足腰の悪い高齢の男性が仮設トイレ(和式)の床にペッタリと座って用を足すことを強いられたこともあった。これでは健康も尊厳もない。
 
このような状況になると,トイレにできるだけ行かなくてすむように水分の摂取を控えてしまう。そうすることで,免疫力低下,血圧の上昇,脱水,エコノミークラス症候群,誤嚥性肺炎,インフルエンザなど,さまざまな症状を引き起こしてしまう。熊本地震では,西日本新聞の記事(2016.6.14)によると,被災者2,023人を検査した結果,9.1%に当たる185人からエコノミークラス症候群の原因となる深部静脈血栓症が見つかったという報告があった。また,東日本大震災の震災関連死のデータ(東日本大震災における震災関連死に関する原因等(基礎的数値),復興庁が平成24年8月21日発表)によると,死亡時年齢は60歳以上が約95%であった。また,死亡原因として最も多いのは「避難所等における生活の肉体・精神的疲労」で,約33%(複数選択)を占めた。この原因に関する具体的内容として「断水でトイレを心配し,水分を控えた」という事例が市町村から報告されている。このように災害時のトイレ問題は命にかかわる課題であるにもかかわらず,繰り返されてきた。
 
建設現場の仮設トイレが快適なトイレに改善されたらどうなるだろうか。平常時においては,各種イベントのトイレや河川敷等の公園トイレが快適化されることになる。また,災害時には避難所トイレが快適化される。これまで抱えていた社会的課題の改善につながる。これが建設現場のトイレ改善がもたらす社会への波及効果である。さらには,仮設トイレがもつマイナスイメージを払拭し,常設トイレを超えるような本格的快適トイレとなることができれば,「仮設」というデメリットが「移動」という価値に変化すると思う。街中の必要な場所に必要な数だけ快適なトイレを供給できる社会環境を整えることも本プロジェクトの目標の1つである。壮大なコンセプトではあるが,これからのまちづくりには欠かせない要素だと考えている。
 
 

2-2 建設現場におけるトイレ改善の動向

国土交通省大臣官房技術調査課と当研究所は,平成27年12月1日に東京で,「『建設現場』どこでもトイレプロジェクトフォーラム」を開催した。建設産業における女性のさらなる活躍および担い手確保のためには,建設現場の環境改善が必要である。そのため,建設現場のトイレの環境改善について,現在の取り組みや課題等の意見交換を実施し,女性の活躍にもつながる好循環に導くことを本フォーラムの目的とした。
 
パネリストの土山淳子氏(一般社団法人日本建設業連合会 けんせつ小町委員会技術者活躍推進専門部会長)は,女性のための建設現場の改善は,男性の職場環境の改善につながり,魅力ある建設業につながっていくと発表した。畠中千野氏(大成建設株式会社)は,女性用トイレだけを充実させるのではなく,男性用トイレも同じレベルで環境を底上げし,男女を問わず誰もが働きやすい現場環境を構築することや,現場に女性がいる・いないにかかわらず,いつ女性が来てもいいようにという観点で仮設トイレの質を向上することが大切であることを提案した。また,桝谷有吾氏(国土交通省大臣官房技術調査課 事業評価・保全企画官)は,トイレ改善に係る試行工事の実施状況等を踏まえ,トイレ等の標準仕様や積算基準の設定を検討し,平成28年度以降,試行工事を順次拡大しながら平成31年度までには,すべての工事(約10,000件)での実施を目指すことを発表した。
 
そして平成28年8月4日,国土交通省大臣官房技術調査課は,建設現場に設置する「快適トイレ」の標準仕様を発表した(表- 4)。
 

表-4 建設現場に設置する「快適トイレ」の標準仕様




 
 
さらに9月中旬頃をめどに,「快適トイレ」の標準仕様を満足するトイレの事例集を作成することとし,平成28年10月1日以降に入札手続きを開始する土木工事から「快適トイレ」を導入するとしている。
 
 

3. 今後の展開

前述のとおり,建設現場に設置する「快適トイレ」の標準仕様が発表された。ここで注目したいのは,地方公共団体の動きである。徳島県ではこの動きに連動する形で,建設現場への「快適トイレ」を導入する取り組みの試行を行うことが決定している。徳島県内での公共工事のトイレが快適トイレとなり,さらに県内で開催される催事やイベントについてもすべてが快適トイレになれば,災害時はこれらのトイレが避難所に届けられることになる。
 
地方公共団体が避難所に必要なすべての仮設トイレを備蓄することは現実的ではない。また他の地域から仮設トイレを調達することは必要であるが,どのくらいの時間を要するかはわからない。だからこそ,快適な仮設トイレを地域で使いながら備えることが重要である。つまり,この動きは地域の防災力を高めるためのトイレ共助である。建設現場で働く人,催事やイベントの参加者,そして被災者のすべての人にとって,ありがたい取り組みだと思う。
 
行政,建設業,催事・イベント業などが連携し,地方公共団体が中心となって「仮設トイレの快適トイレ宣言」をすることが必要である。この動きが全国に広まることを期待したい。
 
 

特定非営利活動法人 日本トイレ研究所 代表理事
加藤 篤

 
 
 
【出典】


積算資料公表価格版2016年10月号



 

最終更新日:2023-07-11

 

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