• 建設資材を探す
  • 電子カタログを探す
ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 公園・緑化・体育施設 > 東京の自然公園ビジョン ~自然に生かされ,自然を活かし,自然公園とともに歩む未来~

 

はじめに

東京都は2017年5月末に「東京の自然公園ビジョン」を策定・公表した。1つの広域行政区域における自然公園全体の総合計画としては全国初のものである。本稿ではビジョンの策定の背景や内容,今後の取組みの方向性を紹介する。
 
 

1. 東京の自然とビジョン策定の背景

1-1 東京の自然の広がりと特徴

東京には最高峰である雲取山山頂周辺の亜高山帯から,世界自然遺産でもある小笠原諸島の亜熱帯まで,非常に多様で豊かな自然が広がっている(写真-1~写真-4)。
 


  • 写真-1 亜高山帯の雲取山

  • 写真-2 丘陵地の二次林



  • 写真-3 三宅島雄山火口

  • 写真-4 小笠原諸島



 
こうしたエリアの多くが自然公園に指定されており,3つの国立公園(秩父多摩甲斐,富士箱根伊豆[伊豆諸島],小笠原)と1つの国定公園(明治の森高尾),そして6つの都立自然公園(狭山ほか丘陵地)がそれである。これらの指定区域の面積の合計は約7万9千ヘクタールに及び,都の行政面積の約36%を占め,この比率は,琵琶湖を有する滋賀県に次ぎ,全国で第二位である。
 
東京の緑地や自然環境の特徴は,山岳地から丘陵地,平地,海,島しょと,多摩川水系や荒川水系の河川を軸として,あるいは火山活動や海洋活動により成立したいわゆる「非常に多様で連続した」「自然由来の自然」に加え,人為的な影響が,色濃く表れているところにある。
 
例えば,本土部を東側から眺め渡してみると,平地である都心部おいては,江戸時代の大名屋敷等から継承したオープンスペースをベースに確保された緑地や,民間大規模再開発等の機会を捉えて整備された質の高い緑地空間等が随所にみられる。皇居周辺や新宿御苑,赤坂のミッドタウン,六本木ヒルズなどは訪れたことのある人も多いだろう。23区の外周部から多摩地域の東側にかけてのエリアは,農地や雑木林等のいわゆる「武蔵野」の景観が広がっていたエリアであり,宅地開発等が進む中,農地等自然地の減少が課題となっている。その西側に続く丘陵地はもともと谷戸田及び薪炭林の里山景観が広がっていたエリアであったが,高度経済成長期後半から急激に開発圧力が押し寄せた。東京都は昭和50年代前半に丘陵地の保全に乗り出しており,その結果,丘陵地内の一部のエリアは数十~数百ヘクタールの都立の都市公園(野山北六道山公園等)として「里山の景観」が保全・再生されている。丘陵地の奥に連なる山地帯では,例えば,多摩川の上流部沿いにはその昔,青梅林業を支えた山々がその面影を残し,広がっている。これらの山々から切り出された木々は江戸の昔から,大火の後のまちの復興等に活用されてきた。ほかにも高尾や御岳等,大径木の杉木立や山上集落等,山岳信仰と深い関係のある自然環境や景観も人為的影響を受けて成立したものである。
 
自然公園が指定されているエリアは主に,西多摩エリア(すなわち山岳地と丘陵地),そして島しょエリアである。
 
これらの地域は,上記の通り亜高山帯から亜熱帯まで地域により異なる極めて多様な自然環境を有するとともに,自然の恵みを享受し,その恵みを維持するためにも,手をかけ成立してきた自然が随所にみられる(図-1)。
 

図-1 東京の自然公園




 
国外から年間約1300万人が訪れる首都東京から,わずか約1時間でアプローチ可能(飛行機を使えば島しょ部も)なエリアにこうした空間が広がっている。
 
 

1-2 都内の自然公園制度の運用の歴史と現状

「自然公園」は自然と優れた風景地の保護,その利用,そして生物多様性の確保を目的とした制度であり,根拠法は「自然公園法」である。種類は「国立公園」と「国定公園」,「都道府県立自然公園」の3種類がある。その仕組みは,例えば,日比谷公園のような「都市公園法」に基づく“公園”とは異なり,土地所有者が誰であるか構わず区域を指定し,そこに規制をかけるとともに必要な施設(登山道やトイレ,ビジターセンター等)を設置し利用に供することで目的を達成しようというものである。
 
日本の自然公園制度や都の取組みの歴史については,紙面の都合上ここでは割愛するが,「東京の自然公園ビジョン」にその概略を記載してあるのでご一読いただきたい。
 
2004年の,いわゆる三位一体改革に伴い,国立公園事業は国が本来行うべき事業として整理されたが,都内における国立公園内の施設の整備・管理については,今でも,都が中心的な役割を担っている。
 
具体には,都内においては以前から国ではなく都が,登山道やトイレ,あるいはビジターセンター等の整備や管理のほとんどを実施してきており,これら施設の整備・管理には今でも年間約30億円の事業費を拠出している(このほか,市町村も一部整備や管理を実施している)。また,秩父多摩甲斐国立公園の都の区域の巡回等について,都は独自に「都レンジャー」を11人配置している。そのほか,利用調整型の東京都版エコツーリズム(認定ガイドが同行しないと立ち入れない,一日に入れる人数,等のきめ細かなルールを定め,保護と利用の両立を図る仕組み)導入や「自然公園利用ルール」の策定など,国に先駆け,さまざまな取組みを実施してきたのである。
 
 

1-3 ビジョン策定の背景

近年,都内の自然公園を取り巻く状況は急激に変化してきた。
 
まずは,トレイルランニング等のスポーツ利用など利用形態の多様化と併せ外国人来訪者の増加など,利用者層も多様化・増加してきたことが挙げられる。さまざまなニーズに対応し,利用と保護の両立を図ることが喫緊の課題となっている。また,自然公園が地域振興や観光振興に寄与することへの期待も高まっている。特に外国人来訪者については,山岳信仰や山間集落等,地域固有の文化や景観,あるいは特産物等に対する関心も高く,併せて,海外からのアプローチについては他都市に比べて断然優位に立つ東京,そして東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下,2020大会)の開催決定を契機に注目を浴びているということもある。林業等を支えてきた集落の過疎化,高齢化等対策も望まれるようになった。
 
さらに,「山の日」の制定など,自然への関心がますます高まる一方で,シカ等による獣害や希少な植物の盗掘,あるいは,外来種の侵入や拡大といったこれまでの規制行政ではカバーできない課題が多様化・増加してきていることが挙げられる(写真-5・写真-6)。
 
 
写真-5 トレイルランニング等,利用形態の多様化・外国人利用者の増加



写真-6 人の営みと自然の関係  谷戸田,新島ガラス 等



 
このような状況下,戦略的・体系的に事業展開をしていくには広域自治体として事業実施の道しるべとなる「ビジョン」を策定する必要があったのである。
 
 

2. ビジョン検討の経過

検討にあたり,まずは,利用者アンケートや都政モニターアンケート等を実施するとともに,関係市町村との連絡会を新規に設置し,ニーズや課題の把握の体制を整えた。
 
都において自然公園事業の方針等を検討するには条例により規定された東京都自然環境保全審議会に諮る必要があるが,そもそもどのような視点から検討を行うか整理するには,自然環境分野の専門家だけでなく,多様な視点からの意見が必要となるため,観光や林業,あるいは外国人等,幅広い分野から第一人者が集まる「東京の自然公園あり方懇談会」を設置・開催した。そして,この懇談会から①東京の自然公園の特徴に関する共通認識の形成とその活用,②地域の暮らし,古来から伝わるもの,文化,風景等が持つ魅力の明確化とその再生や保全・活用,③新たな自然公園管理スタイルの構築,④幅広い対象者を念頭に置いた事業展開,⑤自然や文化の多様性を体感できる利用環境の整備,⑥自然再生,樹林地等の管理とその担い手の育成,⑦東京の自然公園のブランド化と伝え方・PRの工夫といった7事項についてビジョンの検討に対する「意見書」がまとめられ,審議会会長宛てに提出された。なお,この意見書の根底に流れる思想は意見書の冒頭に記されており,詳細はビジョンの巻末に資料編として付しているので参照されたい。
 
上記の提言を念頭に,東京都自然環境保全審議会への諮問後,具体的な検討は計画部会に付託され進められ,検討においては,先述の市町村との連絡会のほかに関係省庁のオブザーバー参加を得た庁内関係局との調整会議等も設置した。
 
2016年9月末に審議会へ諮問,2017年3月にパブリックコメント,4月末には答申を得た。さらにリーディングプロジェクト等も追記し,5月末に行政計画として知事決定・公表となった。
 
 

3. ビジョンの概要

「東京の自然公園ビジョン」の概要は図-2にまとめた通りである。
 

図-2 ビジョン概要




 

3-1 現状と課題(第1章)

この章の中では都の自然の様子や自然公園制度の全容,東京都における事業の歴史,あるいは現状,そして課題を整理した。この章でのポイントは3つあり,1つは東京の自然がいかに多様で,自然公園区域そのものが河川と合わせることで東京の骨格そのものになっていることを明確にした。そして,もう1つが,その価値を伝えるために,都の行政計画としては初めて「生態系サービス」の概念を紹介したことである。この2つのポイントは特に東京都自然環境保全審議会計画部会から強い指摘と助言を受けた部分である。
 
加えて,3つ目のポイントは,都が自然公園の重要な要素である自然環境・資源,人文資源の現況について体系的にデータを把握管理していない実態を告白したことである。
 
ビジョンの検討を進める中でも,近年課題となっているシカの食害の影響がどの範囲でどの程度,どのように森林環境を変化させているのか,また希少種等の草本類の生育環境については何がどこにどの程度あって,あるいはどの程度狭まっており,環境が変化しているのか等々,検討の材料としたいデータがなかなかまとまって得られる状況になかったことが問題となった。計画部会委員からも指摘された,環境アセスメントや,開発許可,あるいは,道路河川等の整備や水源林管理等,都はさまざまな機会において「行政目的別」にはデータを得ているが,これらのデータ等が自然環境の保全の長期的視点から蓄積され,分析・活用されるための仕組みが無いということが再認識された。
 
このことは,後述する施策展開の方向性に「的確に把握すること」を位置付けたことや,「自然史博物館」の必要性が審議会で熱心に議論されたことにつながっている。
 
 

3-2 自然公園として大事にすべき特徴・価値(第2章)

現状と課題の章立ての次に目標ではなく,この章を持ってきたこと自体がポイントでもある。亀山章計画部会長の言葉を借りれば,「東京の自然公園ビジョン」の性格はありとあらゆる多様な主体(行政,住民,地域の産業関係者,民間事業者やNPO等団体,そして利用する人等)が担ぐお神輿のようなものである。そこで,どこに向かって,なぜ,どのようなお神輿を担ぐのか,はっきりするためにこの章を置いた。これは,先程紹介した,「懇談会」からの提言事項の①にも関連する。結果,東京の自然公園として大事にすべき特徴・価値は3点に整理された。1つ目は多様性と連続性,2つ目は人の営みとの関係性,そして3つ目は都心からの(ひいては国内外からの)近接性である。
 
 

3-3 目指す姿(第3章)・今後の施策展開(第4章)

目指す姿は3つに整理された。3-2で示した3つの大事な特徴・価値を最大限に発揮させることこそが目指すところだからである。そして,3つの目指す姿について,どのような施策を実施し,さらに実施する具体事業内容をそれぞれ3~4項目示した。新規のものもあれば,各事業主体がこれまで個別施策として実施していたものについてこのビジョンの目標実現のために改めて位置づけたものもある。
 
 
①目指す姿Ⅰ 「多様性と連続性が織りなす自然環境を育む自然公園」
これまで,「規制」により守ってきた自然環境の保全は,今後,外来種対策等,より積極的に「手をかけて」守っていくというスタンスを明確にした。そのためにも,「自然の現況を的確に把握する」ことや,地域ごとに管理運営協議会を設置すること,そして,「自然の骨格」をより強固にすべく,現在自然公園区域ではない河川等を強く意識し,事業を実施していくこと等を明示した。
 
 
②目指す姿Ⅱ 「人と自然との関係を取り持つ自然公園」
人と自然の関係性の再生に取り組んでいく姿勢を明確にした。例えばビジターセンターを単なる自然の紹介施設ではなく,地域と訪れた人との交流の拠点とすることや,人の営みと自然の関係の紹介等にも重心を置くこと等を明示した。併せて,エコツーリズムの積極的な推進についても位置付けた。
 
 
③目指す姿Ⅲ 「誰もが訪れ誰もが関われ誰からも理解される自然公園」
ハード・ソフト様々な施策を示すとともに,これまで行政中心で行ってきた自然公園事業について大学や民間事業者との連携を強化していくことや,審議会や計画部会で熱い議論がかわされた「自然史博物館」を意識した記載もこの中に盛り込んだ。審議会の議事録等も公表しているので,是非ご覧いただきたい。答申分の「おわりに」に自然史博物館の必要性が熱く語られている。都心部からの発信,あるいはインバウンド対策は2020大会の開催を強く意識していることは言うまでもない。
 
 

3-4 「各自然公園の特徴と目指す姿」(第5章)

この章はあえて,簡略化し,主な自然資源や人文資源等の紹介に留めた。本来は各公園について1冊ずつこうしたものが必要であろうし,それは個別にじっくり検討されてこそできるものとの認識からである
 
 

3-5 リーディングプロジェクト(第6章)

審議会答申とは異なる章で,行政計画としておおむね5年程度を目途に取り組んでいく合計45事業を盛り込んだ。
 
 
 

4. 取組みの開始

ビジョン策定を受け,早速,多くの施策を開始している。
 
 

4-1 目指す姿Ⅰ関連事項の例

自然環境情報(これには標本等資料も含む)の収集や発信のあり方について検討を行うための調査を開始した。首都圏では,東京都のみ自然史博物館等が不在である中,都心部等における収集発信の拠点の在り方も検討の対象である。
 
今年返還50周年を迎えた小笠原諸島では,昨年度,兄島北西部にグリーンアノール侵入防止柵の設置を完了。今後,聟島列島の外来ネズミ類を徹底して駆除すべく,海鳥の繁殖等に配慮しながら殺鼠剤等の対策を進めていく(写真-7)。
 
写真-7 グリーンアノールと侵入防止フェンス



 

4-2 目指す姿Ⅱ関連事項の例

雄山の噴火警戒レベルが1となった三宅島において,登山道やトイレ,そしてシェルター等の整備を進めているが,ダイナミックな自然の営みや厳しい自然との向き合い方,安全な自然公園利用の普及啓発等を行い,併せて地域振興を図っていくため,東京都版エコツーリズムの導入を行う。このほか,都心部の子供たちが山地で林業等の自然と密接なかかわりを持つ人々のもとで暮らし,学ぶといったことにより地域間交流・世代間交流を図るための新たな取組み等も開始する。
 
 

4-3 目指す姿Ⅲ関連事項の例

インバウンド等を意識したトイレの洋式化についても,自然公園施設については2020大会までにその8割を完了させることを目標に取り組んでいる。また,標識や案内板等の多言語化対応等も積極的に進めていく。東京の自然公園ブランドを明確にすべく,雲取山ほか,主要な山の山頂標識については,デザイン・仕様の一新を図ることとした(写真-8~写真-9)。
 
写真-8 トイレの洋式化



写真-9 山頂標識



 
“目指す姿Ⅰ”にも関連するが,高尾地区や御岳地区においては管理運営協議会も設置,神社・寺院等や集落,あるいは,鉄道事業者や観光協会等の参加を得て,一体となり自然環境の保全やイベントの実施などを行う。高尾山は国定公園指定50周年を迎え,今年夏から秋にかけて協議会主体で都心部でもPRイベント等を実施を予定している。
 
このほか,民間事業者との連携についても,ここ数年,毎年新たな事業者と協定を締結し,双方の事業の強みを活かし,相乗効果を上げられる取組みを展開している。写真は2017年山の日に事業パートナーである株式会社明治と実施したイベントの時のものである(写真-10
 
写真-10 株式会社明治との連携事業



 

おわりに

長々と書いてきたが,一番伝えたいことは,「まずは,是非,東京の自然公園にお越しいただきたい」の一言につきる。おすすめコースは内地も島しょも枚挙にいとまがない。都内は,どこも特色ある自然,文化に恵まれており,東京の自然公園は多くの異なる宝石のつまった「宝箱」ともいえる。
 
ビジョンの策定は「スタート」地点に過ぎないが,向かう方向ははっきりとした。今後,豊かな自然に関する積極的な保護や人と自然との関係性の再生,あるいはその情報や資料の収集・発信等について“東京モデル”を示していけるよう,多くのステークホルダーと連携しながらビジョンの実現に向けて取組んでいきたい。
 
 
 

東京都 環境局 自然環境部 自然公園担当課長 根来 喜和子

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2018年08月号



 

最終更新日:2023-07-10

 

同じカテゴリの新着記事

ピックアップ電子カタログ

最新の記事5件

カテゴリ一覧

話題の新商品