建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料公表価格版 > 長野県松本文化会館(キッセイ 文化ホール)の大規模改修工事 〜長野県の文化発信拠点として〜

 

はじめに

長野県松本文化会館(2012年にネーミングライツ導入により「キッセイ文化ホール」,以下「キッセイ文化ホール」という)は,平成4(1992)年7月に開館をし,2,000席の大ホールと746席の移動席の中ホールを有し,国際会議室,リハーサル室,会議室,飲食店を併せ持つ多目的施設である(写真−1)。
 
県内には,昭和58(1983)年4月に開館をした長野市にある長野県県民文化会館(2009 年より同「ホクト文化ホール」,以下「ホクト文化ホール」という)と昭和63(1988)年12月に開館をした伊那市にある長野県伊那文化会館があり,県では3つの文化会館を設置している。
 
文化会館は,開館以来,音楽やオペラ,バレエ,歌舞伎といったさまざまな舞台芸能や式典などに利用されており,特にキッセイ文化ホールは,日本を代表する国際的な音楽祭「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」(以下「OMF」という)のメイン会場でもあるため,多彩な芸術活動や文化交流の場として,長野県の文化発信拠点となっている。
 

写真−1 キッセイ文化ホール正面




 
 

1. 長野県の文化行政

長野県は,文化芸術を取り巻く環境の変化や,県内の文化の特性を踏まえた上で,平成29(2017)年度に「長野県文化芸術振興計画」を策定し(写真−2),基本目標と文化施設の方向性を,次のとおり掲げている。
 

写真−2 「長野県文化芸術振興計画」(表紙)



■基本目標

『文化力で,心豊かな人生100年時代を拓く〜創造性あふれる信州を目指して〜』

◎「文化力」
文化芸術の創造力・想像力を育むといった「本質的価値」に基づく『力』と,社会包摂機能や,創造的な経済活動につながる「社会的・経済的価値」に基づく『力』を表す。
 
◎「心豊かな人生100年時代」
平均的に100歳前後まで生きていく「人生100年時代」において,学習期や引退期に限らず,生涯にわたって文化芸術に親しみ,楽しむことで,心豊かに暮らしていくことを表す。
 
◎「創造性あふれる信州」
文化芸術活動の「創造性」を発揮できるとともに,子どもたちの「創造性」のかん養や,福祉,まちづくり,観光・産業等の幅広い分野との創発的な連携などが実現できる長野県の姿を表す。

 

■文化施設の方向性

◎劇場法の趣旨を踏まえ,地域の文化芸術活動を支える拠点施設として,多様な文化芸術の鑑賞機会提供・創造,文化芸術を創り・支える人材の育成等の中核的な役割を果たす。
 
◎県民ニーズに応える幅広い分野の芸術性の高い公演を開催するとともに,県民の芸術文化活動への支援,地域の特色ある取組の発信・発表の機会の提供等を実施し,多様な文化芸術に親しむことができる環境づくりを進める。
 
◎市町村文化施設との連携を推進するとともに,地域へのアウトリーチ活動を推進する。
 
◎企業・地域との連携を推進し,自主財源の確保を図る。
 
◎優れた文化芸術作品を鑑賞する場に加え,くつろげる場の提供,周辺環境との調和など施設全体の魅力アップに努める。

 
 
 

2. キッセイ文化ホールの役割と特徴

「長野県文化芸術振興計画」において,キッセイ文化ホールは,空港にも近く,交通の結節点に立地する特性や,開館以来,日本を代表する国際的な音楽祭である「OMF」を開催してきた特性を踏まえ,次のとおりその方向性を定めている。
 

◎施設規模・施設特性や立地を活かし,県民ニーズに応える幅広い分野の公演や国際会議の開催等により,国内外から利用者を確保する。
 
◎「OMF」への支援を通じ,国際文化交流を推進する。
 
◎「しばふコンサート」※をはじめとする子どもの質の高い文化芸術の鑑賞機会を拡大する(写真−3,4,5)。

※キッセイ文化ホールの芝生広場等で開催している子どもも参加できる文化芸術の催し
 

写真−3 しばふコンサート


 

写真−4 まつぶん寄席


 

写真−5 SK松本ジュニア合唱団 クリスマスコンサート




前述した通り,県の文化会館は,キッセイ文化ホールのほかにホクト文化ホールと伊那文化会館があるが,同時通訳設備を有する国際会議室があるのは,このキッセイ文化ホールだけである(図−1,写真−6,7)。
 

図−1 長野県の保有する文化会館の施設概要



写真−6 国際会議室 改修後

写真−7 国際会議室ロビー



また,「OMF」は,キッセイ文化ホールを象徴する国際的な催し物である。開館当時から平成26(2014)年までは,「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」の名称で多くの人々に親しまれてきた。開館当初の第1回「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」は,天皇・皇后両陛下(当時)のご臨席をいただいたところでもある。
 
ほかにも,大ホールでは長年オーケストラコンサートを開催してきている。
 
また,キッセイ文化ホールは,3,000m級の山々からなる北アルプスの山並みを望む美しい景観の中に立地しており,『風土に活きる松本の文化施設』というコンセプトで設計がなされ,建築は,「自然環境に調和した屋根構造」,「象徴的でわかりやすいメインエントランス構成」,「眺望を配慮した施設配置」を掲げ,建築されている。施設の北側からは,北アルプスの山並みを遠望できることから,メインエントランスを南西側に配置し,その上部には,山並みをイメージした山型天井の国際会議室が配置されている(写真−8,9)。
 

写真−8 キッセイ文化ホール正面メインエントランスの上部に国
際会議室がある

写真−9 キッセイ文化ホール鳥瞰写真 改修後



 
 

3. 大規模改修工事に当たっての基本的な考え方

多くの人々に長年親しまれているキッセイ文化ホールだが,竣工から相当な年数が経ち,設備を含めた施設全体の老朽化が目立つようになったため,県有施設の耐震化整備と併せて,大規模改修工事を行うこととした。
 
大規模改修工事に当たっては,長年親しまれてきたキッセイ文化ホールの建築当初のコンセプトを維持するため,周囲の景観と一体となった山並みをイメージした国際会議室や屋根の色彩に配慮するとともに,多くの人々に親しまれてきた施設を象徴するコンサートである「OMF」を改修後も,より愛される音色でお客様に届けられるようにするため,ホールの音響は従来の音響特性を考慮したものとすることを心がけた(写真−10)。
 

 

写真−10 大ホール 改修後


 
 

4. 県有施設の耐震化整備について

建築物の耐震改修の促進に関する法律に基づき策定した「長野県耐震改修促進計画」では,今後予想される地震災害に対して県民の生命,財産を守ることを目的とし,県内の既存建築物の耐震性能向上を図ることとしている。
 
県有施設については,本計画の推進のため,スケジュール,目標,方法などを定めた「県有施設耐震化整備プログラム」に基づき耐震化整備に取り組んでいる。
 
平成19(2007)年11月に策定した「県有施設耐震化整備プログラム(第一期)」では,耐震性能が確認されていなかった昭和56(1981)年5月以前に建設された施設の耐震化を実施した。
 
一方,第一期プログラム期間中にも大規模地震が頻発し,県内でも平成23(2011)年に長野県北部の地震や長野県中部の地震が,平成26(2014)年には長野県神城断層地震が発生しており,今後も大規模地震発生の切迫性が指摘されている。また,東日本大震災以降,非構造部材の耐震化,被災後の事業活動の継続等の新たな課題も生じていた。
 
このため,「県有施設耐震化整備プログラム(第二期)」においては,震災時の応急活動等に必要な施設を継続して使用できるようにするため,防災上重要な拠点等となる施設の耐震性能の強化や吊り天井等の非構造部材の耐震対策等を耐震化の目標とし,計画的に進めていくこととした。
 
このうち,吊り天井等の非構造部材の耐震化については,建築基準法施行令第39条第3項に規定される特定天井等を対象とし,天井および天井に設置された設備等の耐震調査および落下対策(撤去,補強,軽量化等)を行うこととしている。
 
キッセイ文化ホールの耐震化については,このプログラムに基づき,調査・設計を平成29(2017)年度から平成30(2018)年度にかけて,工事については,令和元(2019)年度から令和2(2020)年度にかけて行うこととした。
 
 
 

5. キッセイ文化ホール大規模改修工事

大ホール,中ホール等の特定天井に該当する部分は,地震災害時に落下の危険性があり,利用者の安全確保のための対策が必要であった。
 
一方,屋根や外壁等の躯体,設備については,建設から概ね30年を経過していることで老朽化が進んでおり,多くが更新の時期を迎えていた。また,トイレの洋式化等の利用者ニーズに合わせた利便性向上も課題となっていた。
 
そこで,耐震化整備と併せて,地域の核となる文化拠点として多くの利用者が良好な環境で快適な芸術鑑賞ができるよう,大規模改修工事を実施した。
 
改修の内容は概ね,安全性向上工事(天井改修),施設等更新工事(舞台機構・照明,舞台音響,各種設備改修等),設備機能向上工事(トイレ改修,エレベーター改修,客席椅子更新等)に分けられる。
 
キッセイ文化ホールの改修内容を以下に示す(図−2)。
 

図−2 キッセイ文化ホール改修概要



5-1 天井改修工事

吊り天井等の耐震化の実施にあたっては,以下の手順によって進めた。
 
1)対策の必要性に対する意識共有
事業を円滑に進めるため,震災による被害状況を踏まえた利用者の安全確保のための対策の必要性について,関係部局と情報を共有した。
 
 
2)対策工法の検討
改修工法については,①平成25年国土交通省告示第771号等に適合する補強・改修,②既存天井に対する落下防止措置,③特定天井とならない天井への改修(撤去,軽量化等)に概ね区分される。
 
工法の選定にあたっては,施設の耐用年数,設計難易度,施工性,設計・工事の期間,費用・経費,デザイン性・美観,施設特性への適合性,効果・価値等について総合的に検討を行った。
 
特に本施設は,「OMF」が毎年行われていることから,改修後においてもこれまでの音響性能を確保することが求められた。
 
検討の結果,大ホール,中ホールについては,基本的に天井の形状や材料の仕様は既存と変えずに,既存の吊り天井から直張天井方式(準構造天井)として新設することとし,その他は告示等に適合する仕様で新設することにした(写真−11)。
 

写真−11−1 大ホール 改修後

写真−11−2 大ホール天井裏 改修後


写真−11−3 大ホールホワイエ 改修後

写真−11−4 中ホール 改修後



3)対策時期の検討
耐震化整備プログラムに基づき時期を検討し,工期の設定にあたっては,「OMF」の開催に配慮し,次年度の開催までの間の約10か月とした。
 
 
4)計画の策定と関係者等との調整
文化会館であり,施設として求められる性能に特殊性があること,長期間の休館を伴う工事であること,文化会館の職員が執務しながらの工事であることなど,施設管理部局と営繕部局との連携が非常に重要であり,諸条件を整理しながら計画の策定を行った。
 
 

5)調査,設計,工事
本工事は,県内でも事例が少ない大規模なホール改修工事であることと既存性能の維持が求められる施設であることから,設計者,施工者には高い技術力が求められた。
 
事業の実施にあたっては,天井の脱落に対する安全性が確保されることに加えて,既存の音響性能が確保されることが重要な管理項目であった。
 
構造の点では,既存構造部材を調査し,設計図書との整合,部材の健全性の確認を行ったうえで,耐震性能が確保されるよう設計を進めた。
 
音響性能の確保の点では,ホールの音響測定の数値を指標とし,新築時,改修工事前の音響測定結果と改修後の結果を比較することで確認を行った。施工にあたっては,可能な限り既存天井の形状を再現すること,仕上材は既存と同等の吸音力のものを採用し,極力,音響性能に変化が無いよう進めた。
 
 
6)対策の検証
改修工事後の音響測定の結果,音響性能は概ね従前の水準を確保でき,また,「OMF」関係者による実際の演奏での確認を行い,関係者からは,「音が若返った」等の感想も得ることができた。
 

5-2 屋根改修工事

屋根改修については,経年による屋根材の腐食による雨漏りの発生等を踏まえ,全面撤去・新設することとした。カバー工法による改修の検討を行ったが,荷重の増加の点で採用不可となった。屋根材については,自然の緑と調和する当時のデザインイメージの継承と,排水性能を高めるためグリーン系の縦葺屋根を採用した(写真−12)。
 

写真−12 屋根鳥瞰写真 改修後



5-3 外壁改修工事

外壁改修については,外壁調査の結果,既存タイルの浮きおよびひび割れが相当に進行していることから,過去に実施してきた対症療法的な改修でなく全面的な改修を行うこととし,アンカーピンネット工法による既存壁面の被覆に,外装仕上材として御影石調塗材を採用した。これにより,将来的なタイルの剥離・落下を防止するとともに,新築時に外壁の一部に施工した石貼りと調和した外壁とした。
 

5-4 設備改修工事

会館以降,全面的な更新がなされていなかった受変電設備や空調設備を更新した。エレベーターについては,既存不適格となっていた既存3基を全撤去のうえ新設することとし,バリアフリーに対応するため新たに1基を新設し(写真−13),その他にトイレの改修を実施した(写真−14)。
 

写真−13 大ホールエレベーター 新設

写真−14 エントランストイレ 改修後



 

おわりに

地域の文化施設は長年多くの人に支えられ,愛され続けている。
 
経年とともに施設を改修することは避けられないところであるが,引き続き地域の方に支えていただき,愛していただけるような施設としてあり続けるため,建設当時の想いや積み重ねた歴史を踏まえていきたい(写真−15)。
 

写真−15 外観回り夕景



 
 

長野県 県民文化部 文化政策課  八木 光江
長野県 建設部 施設課  柄澤 知憲

 
 
 
【出典】


積算資料公表価格版2021年1月号



 

 

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