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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 どこでもトイレプロジェクト > 脱固定がトイレ環境づくりの鍵となる 〜多様性社会の実現に向けてオールジェンダートイレの在り方を考える〜

はじめに

時代の変化とともに価値観やニーズが多様化しています。
それに伴い、さまざまなサービスも多様化が求められています。
これに合わせて情報技術は驚くべき進歩を遂げ、膨大な情報量を瞬時に処理することができるようになりました。
それにより、欲しいものはネットですぐに見つかり、自宅まであっという間に届けてくれます。
言葉の翻訳や要約、画像生成は瞬時に行ってくれます。
 
私たちの生活はどんどん便利になる一方で、変化に対応しづらいものもあります。
このうち分かりやすいのが建築・設備のようないわゆるハードと呼ばれるものと、私たち自身の身体です。
一度建築したものを変えるとなると、多くの時間と莫大な費用がかかるため簡単には変えられません。
また、生身の身体に急激な変化を強いるとストレスなどで、健康を害してしまいます。
 
この変わらない両者をつなぐものの一つがトイレです。
建築・設備としてのトイレは、施工後の改善を苦手としますし、自律神経が担っている排泄はその大部分を意識的にコントロールすることができません。
そこで、課題になるのがトイレの在り方です。
社会の変化とともにトイレニーズは変化するものの、それに対応が追いつかないからです。
また、良かれと思って取り組んだとしても必ずしもうまくいくとは限りません。
その場合は、社会との対話を通して改善することが求められます。
 
本稿では、このような変化に対応するためのトイレ環境づくりについて考えてみたいと思います。
 
 

1. オールジェンダートイレを求める人はだれか

最近、公共的なトイレに関して、「オールジェンダートイレ」、「ジェンダーレストイレ」、「ジェンダーニュートラルトイレ」、「ユニセックストイレ」など、さまざまな呼び方を用いて性別に拠らず誰もが使いやすいトイレの在り方を模索する動きが広がっています(本稿では便宜的に「オールジェンダー」トイレとします)。
 
2020年9月に国際基督教大学ではオールジェンダートイレが本館に整備されました。
また、2023年には東急歌舞伎町タワー2Fのオールジェンダートイレ(その後、改修)が話題になりました。
これまで困っていた声を受けとめ、改善に向けて取り組むことは重要です(写真- 1、2)。

写真-1 東急歌舞伎町タワー外観
写真-1 東急歌舞伎町タワー外観
写真-2 タワー入口(多くの人が利用している)
写真-2 タワー入口(多くの人が利用している)

 
これらの取組みはトランスジェンダーにとってのみ使いやすいトイレと捉える人がいるかもしれませんが、そうではありません。
トランスジェンダーや知的障害者の同伴者、異性の介助者など、さまざまな人にこれらのトイレは求められていまですが、これらの人すべてが性別を問わないトイレを求めているかというと、そうでもありません。
まさに百人百様なのです。
 
そこで、まずは国際基督教大学や東急歌舞伎町タワーの取組みに学びながら、安心できるトイレ環境に求められる要素を整理します。
 
 

2. 排泄行為は強く習慣化する

ヒトは1日に何度もトイレに行き、それを何十年と繰り返すため、強く習慣化していきます。
また、排泄行為は食事と異なり、他人に見せるものではないのでその人が安心できる方法はこだわりとして固定化しやすい傾向にあります。
さらに、排泄は自律神経のうち副交感神経優位のときに行われるため、リラックスして安心できる環境が必要です。
緊張したり、不安だったりすると排泄行為どころではないからです。
 
極端な例ですが、北海道で厳冬期の防災訓練を実施している根本 昌宏教授(日本赤十字北海道看護大学)によると、マイナス14度の環境下で仮設トイレの便座に座ったら、便意も尿意も無くなったそうです。
極度の緊張状態では排泄行為は成り立たないと考えられます。
そうはいっても、排泄は待ったなしです。
極度の緊張状態は長く続かず、また続けるべきではありません。
このような状態が続けば、心身ともに壊れてしまいます。
 
排泄の習慣化に関して、端から見たら、「なんだそんなことか。」と思うことが、その人にとっては大切であり、また、安心につながります。
そのため、他人から強制されたり、環境を急に変えられたりすることに上手く対応できないのです。
 
身体的にも精神的にも安心できるトイレ環境を確保することは、尊厳を守ることであるとも考えています。
 
 

3. 国際基督教大学と東急歌舞伎町タワーの取組みから学ぶこと

国際基督教大学についてはウェブサイトの記事を参考に、東急歌舞伎町タワーについては現場の状況も踏まえて、この2つの取組みから学べることを3つの課題として整理します。
 

3-1 「分からない」が不安を生む

まず1つ目は、トイレ利用者との情報共有です。
国際基督教大学は世界人権宣言の原則に立ち、お互いを尊重し、誰もが気持ちよく過ごせるキャンパスづくりを1953年の建学以来取り組んでいます。
また、ジェンダー・セクシュアリティ研究という専修分野もあり、積極的に学んでいる土台があります。
日頃からセクシャルマイノリティの学生からの意見も寄せられていたようです。
 
一方で、東急歌舞伎町タワーは新たに建設された商業施設であり、そこに訪れる人は老若男女さまざまです。
おそらく、「オールジェンダートイレ」や「ジェンダーレストイレ」という言葉や表示されたサイン、その意味も知らなかった人が多くいたと思います。
 
私たちは見たことがないもの、分からないものに対して不安を抱く傾向にあります。
今回のトイレもどのように使って良いのか、どこに並べば良いのか、誰が使って良いのかなど、分からないことが重なり、結果として不安が蓄積し、最後には不満になっていったと考えられます。
前述の通り、排泄行為は強く習慣化されているため、ルールを変えてしまうと混乱することにつながります。
 

3-2 多様性と画一化

2つ目は選択肢についてです。
国際基督教大学では、多くの学生が使う「本館」の1〜3階の中央にある大きなトイレをオールジェンダートイレとして改修しましたが、本館東側のトイレは男性用と女性用をそれぞれ設ける形で改修しました。
よって、利用者はトイレを選ぶことができます。
自分が求める環境により近いものを選べるということは、安心につながります。
 
一方で、東急歌舞伎町タワーにおいても、男性用、女性用、オールジェンダーという個室が選べるようになっていたのですが、どの個室を選ぶにしても一旦同じ場所に入らなければならない空間設計になっていました。
また、他のフロアはそれぞれのテナントの利用者専用のトイレとなっているため、原則としてトイレ目的で他のフロアに行くことはできません。
よって、多様性配慮を目的としてオールジェンダートイレを多く設けることで画一的になり、逆に使いづらい環境となってしまったと考えられます。
 

3-3 入りやすく見えにくい空間のリスク

3つ目は、防犯面の配慮です。
これは今後、さらなる研究と検討が必要なテーマです。
トイレと防犯というフレーズで、すぐに思い浮かぶことは性犯罪です。
犯罪学を専門とする小宮 信夫教授(立正大学)によると、犯罪が起こりやすい環境は「入りやすい場所」と「見えにくい場所」です。
 
トイレに当てはめると、すべての人が使用できるオールジェンダートイレは「入りやすい」となります。
また、音漏れなどが低減するように、扉は上下ピッタリと閉まり、密閉された個室のつくりになった空間は、よく言えばプライバシーが確保されているのですが、犯罪機会論で考えると、外部から隔離された個室に入ってしまえば「見えにくい」となります。
 
犯罪防止の観点では、入り口を明確に分けて、アプローチの動線も分けることが必要になります。
グローバル化が進む現在、この考え方はより重要になると考えます。
ちなみに、防犯の面からみて緊急呼び出しボタンの設置も効果的ですが、それを使う時は犯罪行為が起きている状態となります。
今後は、犯罪をする動機を削ぐような環境づくりが求められます。
 
 

4. 社会とのキャッチボールの重要性

多様で変化するニーズに応えるには、社会とのキャッチボールを繰り返し、課題と向き合いながら改善し続けることが必要です。
これに対応する鍵となるのが「脱固定」だと考えます。
ここでいう脱固定とは、改善することを前提として整備する考え方です。
逆に固定とは、出来るだけ精度を高め、完璧を目指してトイレを整備する考え方です。
脱固定は言葉で言うのは容易ですが、実行するのは難題です。
ただし、個室の用途を男性用、女性用、男女共用など、柔軟に変更できるように設計することも一つの案ですし、多くの人が集まるイベント等では移動式トイレの活用を事前に想定して対応することも考えられます。
この時、既設のトイレのクオリティになるべく近づけることも大切です。
 
また、イベントや建設現場などで、仮設トイレやマンホールトイレを活用するシーンにおいては、仮設・移動式の強みを生かして数や配置、設備内容等に関する試行錯誤を繰り返すべきです。
男性用トイレ、女性用トイレ、オールジェンダートイレをそれぞれ設け、利用者の状況に合わせて調整していくことが効果的です。
このような形でさまざまなレイアウトを試み、利用者とコミュニケーションをとりながら最適化していくことが必要です。
 
いずれの方法をとる上でも、前述の課題として挙げた3点については配慮が必要です。
1つ目は利用者に対して丁寧に事前情報を提供し、共通認識を得られるよう努めること、2つ目は選べる環境を確保すること、3つ目は防犯対策として、入りやすく見えにくい空間をできるだけつくらないことです。
 
 

5. 今後の展開

本稿では、多様で変化するトイレニーズに対応するための課題と改善策について考えてきました。
繰り返しになりますが、排泄は生きていくために欠かせない生理的欲求で、とてもデリケートなテーマでもあります。
また、習慣化されているため変化への対応も容易でない行為の一つです。
 
今後は、選択肢を増やして選べる豊かさを追求していきたい一方で、そのようなトイレ整備を実践するには、それなりの予算が必要になります。
しっかりと収益のある施設であれば良いのですが、スペース的な制約も含め、予算的にも困難なケースは数多くあります。
 
以前にロンドン大学と共同で東京とロンドンの公共トイレ事情を調査したことがあります。
その際、ロンドンでは自治体が所有する多くの公共トイレの改善が困難になり、公共トイレを閉鎖する事態に陥っていました(写真-3)。
その結果、有料の独立型トイレを街なかに設置したり、夜間のみ仮設小便器を設置したりすることで対応していました(写真-4)。
いずれも快適性や安全性という面で課題が残ります。

写真-3 閉鎖されたトイレの入口
写真-3 閉鎖されたトイレの入口
写真-4 仮設小便器
写真-4 仮設小便器

 
これは他人事ではありません。
男性用や女性用、オールジェンダーなど、用途を議論できる我が国の環境は恵まれているのかもしれません。
財政的に厳しくなれば、限られたトイレ空間を効率的に活用することが求められます。
 
その時、最も困る人に合わせてトイレ計画を考える必要があるので、譲り合い、助け合うことが今以上に求められます。
そのためには、トイレ利用者一人ひとりが他者の困りごとを共有し、どのように配慮するべきかを学ぶことも必要です。
また、行政と民間が連携して、公共的なトイレの量と質を確保することも必要になります。
その時、我が国においてはコンビニエンスストアのトイレが重要な役割を担うことになると感じています。
 
 

おわりに

トイレが清潔で行きたい時にいつでも安心してアクセスできる街こそ魅力的な街であると信じています。
将来、街なかに整備されるトイレが移動式となり、季節の行事やイベント、人の流れに応じて対応するようになる可能性もあります。
その時、マンホールトイレとして活用している汚水流入口が、移動式トイレの接続ポイントになることも考えられます。
ボックス型の快適トイレの接続だけでなく、ハウス型やコンテナ型の快適な移動式トイレを接続することも考えられます。
移動式トイレが脱固定を実現する有力な選択肢になるように、可能性を追究していきたいと考えています。
 
 
 

特定非営利活動法人 日本トイレ研究所 代表理事
加藤 篤

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2023年12月号

公表価格版12月号

最終更新日:2023-11-21

 

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