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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 水災害対策 > アジア諸国における水害対策の最前線《後編》

 

一般財団法人建設経済研究所 研究員
竹内 広悟

 

3.アジア諸国における水害対策

3.1 インドネシア

①インドネシアにおける自然災害の発生状況

図-7 1980年から2010年までの災害

図-7 1980年から2010年までの災害
(出典)アジアコンストラクト会議 インドネシア発表資料


インドネシアは赤道を跨いで南北に約1,900km、
東西に約5,100kmの範囲に広がり、
13,000以上もの島から構成される世界最大の群島国家である。
国土面積は、日本のほぼ5倍に相当する約190万㎢を有し、
気候は高温多雨の熱帯性気候であり、
一般的に4~9月頃の乾期と10~3月頃の雨期に分かれる。
 
インドネシアは様々な自然災害が発生する国としてよく知られているが、
図-7に示す通り、
数多くの地震、洪水、火山噴火等大規模な災害に見舞われており、
特に地震と洪水が多く発生している様子が窺える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
②ジャカルタ首都圏における洪水対策
ジャカルタ首都圏では人口集中や気候変動の影響、
さらには過剰な地下水汲み上げに伴い沿岸部では年間10cmの地盤沈下が進行中であり、
水害が発生しやすい状況となっている。2)
 
このため、ジャカルタ北部の沿岸部にあるプルイット排水機場の改修工事が進められている。
プルイットはジャカルタ北部の沿岸部に位置しており、排水機場はジャカルタの中心部の雨水および下水の排水調整を行っている。
 
図-8 プルイット排水機場緊急改修プロジェクト

図-8 プルイット排水機場緊急改修プロジェクト①
(出典) 外務省HP


 
この排水機場は施設運用から45年以上経過しており、本プロジェクトは、 排水機場が2009年2月に機能不全に陥ったことから、
ジャカルタ中心部を洪水被害から防御するために必要な資金を我が国による無償資金協力で供与し、
同排水機場の防潮堤の改修、排水ポンプの設置等を実施するものであり、
安藤ハザマが施工者となっている(図-8・9)
本プロジェクトによる排水機場の改修工事は2014年3月に完了した。
 

  • 図-9 プルイット排水機場緊急改修プロジェクト

    図-9 プルイット排水機場緊急改修プロジェクト②

  • 図-9 プルイット排水機場緊急改修プロジェクト

    (出典) 外務省HP

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なお、 本プロジェクトは、ジャカルタ首都圏投資促進特別地域における早期実施事業に位置づけられている。
 
筆者はプルイット周辺を視察したが、沿岸部は海水面よりも低く、また、内陸部でも水はけが極めて悪い状況を目の当たりにした。
また、現地の話によると、
雨が少し降っただけで、ジャカルタの中心地でも至るところで水が溢れ出すとのことであり、事業の必要性を強く実感した。
 
また、本プロジェクト以外にも、2010年~2013年のジャカルタ首都圏総合治水能力強化プロジェクトにおける技術支援など、
ジャカルタ首都圏における洪水対策において我が国は様々な支援を行っている。
 

3.2 マレーシア

①マレーシアにおける洪水発生状況
マレーシアは年間の降水量が約3,000mmであり、
モンスーンの影響や2~3時間で100mm以上の集中豪雨が降ることによって洪水が発生するケースが多い(図-10)
 

図-10 マレーシアにおける洪水の様子

図-10 マレーシアにおける洪水の様子
( 出典)アジアコンストラクト会議 マレーシア発表資料


 
東京の2012年の年間降水量が1,570mmであることと比較すると、降水量は約2倍となっている。
また、マレーシアにおける洪水地域と洪水地域内の人口を見ると、全人口の約5分の1が洪水地域で生活していることがわかる(表-1)
 
表-1 マレーシアにおける洪水地域と洪水地域内の人口、被害額

表-1 マレーシアにおける洪水地域と洪水地域内の人口、被害額
(出典) アジアコンストラクト会議 マレーシア発表資料


 
②マレーシアにおける洪水対策
こうした洪水被害を未然に防ぐために、マレーシアにおいてはさまざまな取り組みが実施されており、
河川施設等の排水機能の強化、洪水予測と警戒システムの構築、マニュアルやガイドラインの策定等が実施されている。
 
マレーシアの洪水対策について特筆すべきは、クアラルンプールのSMART Tunnel建設プロジェクトである。
このトンネルの機能は2つあり、1つは、集中豪雨時の洪水被害軽減を目的とした地下雨水トンネルとしての機能であり、
もう1つは、陸上部の道路交通渋滞の緩和を目的とした地下高速道路トンネルとしての機能である。
 
図-11 SMART Tunnelの位置と構造

図-11 SMART Tunnelの位置と構造
(出典) アジアコンストラクト会議 マレーシア発表資料より作成


 
SMART Tunnelは3層構造となっており、地上から順に1層、2層が地下高速道路トンネル、3層が地下雨水トンネルとなっている。
このSMARTTunnelは図-11に示すとおりKlang川とAmpang川の合流点を起点として建設されており、
地下雨水トンネルは9.7km、地下高速道路トンネルは4kmであり、2007年に供用が開始された(図-12)
 
図-12 SMART Tunnelの内部

図-12 SMART Tunnelの内部
(出典) アジアコンストラクト会議 マレーシア発表資料


 
(上:地下雨水トンネル、下:地下高速道路トンネル)

(上:地下雨水トンネル、下:地下高速道路トンネル)


 
集中豪雨が発生した場合、3層の地下雨水トンネルのみで対応が可能なときは、
1・2層の地下高速道路トンネルは雨水トンネルとして活用されないが、
地下雨水トンネルのみで対応できないときは雨水排水のためのトンネルとして活用されるとのことである。
 

3.3 シンガポール

①シンガポールにおける洪水発生状況
シンガポールは1960年代から1970年代にかけて、特に低地に形成されている都心において洪水に悩まされてきた経緯があるが、
排水システムが構築されるにつれて洪水は減少傾向にある(図-13)
 

図-13 洪水多発地域(ha)の変遷

図-13 洪水多発地域(ha)の変遷 (出典)アジアコンストラクト会議 シンガポール発表資料


 
しかしながら、近年の気候変動による局地的かつ短時間の豪雨は排水システムの許容量を超える場合があり、
こうした集中豪雨に対する対策の必要性が認識されるようになってきている。
 
②シンガポールにおける洪水対策状況
このため、シンガポールにおいては様々な洪水対策が実施されており、人工水路の機能強化、排水路等を常時モニタリングし、
水位情報を提供するシステムの構築、 集中豪雨情報のSMS(Short Message Service)での提供などの取り組みが講じられている。
 
個別のプロジェクトとしては、排水システムを備えた海浜堤防が挙げられる。
海浜堤防は、集中豪雨等が発生した際に、堤防から海に排水することができ、
チャイナタウンなどの低地の洪水被害を軽減するために導入された(図-14)
 
図-14 シンガポールの海浜堤防

図-14 シンガポールの海浜堤防
出典)アジアコンストラクト会議 シンガポール発表資料


 

3.4 香港

香港においては、都市型雨水対策として地下貯水タンクの整備や、
雨水を海に放出するための雨水地下トンネルの整備が実施されており(図-15)
この結果、洪水危険地域は減少傾向にある(図-16)
 

図-15 雨水地下トンネル内部

図-15 雨水地下トンネル内部
出典)アジアコンストラクト会議 香港発表資料


 
図-16 洪水危険地域の数の推移

図-16 洪水危険地域の数の推移
(出典)アジアコンストラクト会議 香港発表資料


 
土砂災害については、大小含めて年間300回程度発生しているが、60,000もの人工スロープを整備するなど、対策が実施されている。
また、1977年以前に整備された人工スロープについては逐次検査を行い、
必要があれば強化するなどの対応が現在も行われている(図-17)
 
図-17 人工スロープ

図-17 人工スロープ
(出典)アジアコンストラクト会議 香港発表資料より作成


 

3.5 韓国

韓国は過去30年で1.2℃気温が上昇しており、また、集中豪雨の数も大きく増加している。
以下に示す通り、台風による被害額は1980年の799M$から、2000年には9.3B$にまで上昇しており、
12時間あたりの降水量が80mmの集中豪雨の日数も1990年の18日から、2000年には38日まで増加している(図-18)
 

図-18 台風による被害額(左)と集中豪雨の日数の推移(右)

図-18 台風による被害額(左)と集中豪雨の日数の推移(右)
(出典) アジアコンストラクト会議 韓国発表資料


 
近年このように気候変動による集中豪雨が増加しているものの、環境変化に対応した設計基準が構築されていないことに加え、
1970年代に建築された排水システムの中には適切に修繕・補強されていないものがあるため、設計基準が強化されつつある。
 
次に、これは他国とは異なる性質のものだが、韓国における建築物の老朽化について紹介する。
韓国では吊構造に欠陥があったために崩落した橋梁(図-19)
急速な開発によって支障をきたし崩落したデパート等が発生しており、
政府はこのため、Special Act for the safety control of public structuresを1995年に制定し、
韓国中の110,000ものインフラを総点検し、5段階評価を行うこととしたようである。
 
図-19 橋梁崩落の様子

図-19 橋梁崩落の様子
(出典)アジアコンストラクト会議 韓国発表資料


さらに、現在、災害への弾力性を考慮したメンテナンスの枠組みを新たに構築すべく取り組まれている。
 
 

4.おわりに

アジアコンストラクト会議での各国の発表は、特に大都市における集中豪雨対策にスポットを当てた報告であった。
その中で、地下河川プロジェクトといった先進的な取り組みについて紹介があったことが強く印象に残っている。
日本以外の国においても地下に大口径のシールドトンネルを掘削し、
洪水発生持に一時的に貯留させるプロジェクトを実施している国が複数あることを実感した。
また、洪水時には地下道路を地下河川として利用するといった工夫をこらした対応は、
我が国にとっても何らかの示唆を与えるものではないだろうか。
 
こうした災害対策が実施されている背景には、我が国以外のアジア諸国もこれまでに様々な災害に見舞われており、
また、特に近年は異常気象による大規模な災害に直面しており、各国共通して高度な対応が求められているということが窺える。
 
本会議を通して、我々が直面している大災害に対してどのように対応していくべきなのか、
知見・技術を含めて情報共有でき、非常に貴重な機会となった。
今後も継続してこうした情報を共有し、災害に備えることは重要である。
 
 

COLUMN 水循環基本法・雨水利用推進法が成立

国内の水資源の保全を図る「水循環基本法」と、水資源の有効利用を促す「雨水利用推進法」が、
3月27日の通常国会で全会一致により可決され、閣議を経て4月2日に公布された。
両法とも、超党派の水制度改革議員連盟(代表:石原伸晃環境相、事務局長:中川俊直衆院議員)による議員立法である。
 
本法案は、2013年の通常国会の衆院本会議において、全会一致で可決したものの、
参院で安倍晋三首相への問責決議が可決された影響で、審議未了のまま廃案となっていた。
 

1.水循環基本法

【ポイント】
①水を「国民共有の貴重な財産」と位置付ける
②政府は水循環基本計画を定め、5年ごとに見直す
③内閣に水循環政策本部(本部長=首相)を置く
④政府と自治体は森林、河川、農地、都市施設などを整備する
⑤政府は水循環に関する研究開発を推進し、研究者を養成する
⑥8月1日を水の日とし、政府と自治体はその趣旨にふさわしい事業を実施する
 
●縦割り行政の弊害を解消
現行の体制では、水関連行政は国土交通省や厚生労働省など7つの省が縦割りとなっている。
水資源・下水道・河川治水が国土交通省、上水道が厚生労働省、工業用水・水力発電が経済産業省、農業用水・集落排水が農林水産省、
水質管理・環境保全が環境省、浄化槽と公営企業の制度(経営・会計等)が総務省、
国際的な水に関わる貢献や水ビジネスが外務省というように、複数の省庁で管轄されているのが現状である。
 
水循環基本法に基づいて、内閣総理大臣を本部長とする「水循環政策本部」が内閣に設置され、
水循環基本計画が策定され5年ごとに見直されるなど、水関連行政が総合的かつ一体的に運営されることが期待される。
 
●地下水も規制対象に
近年、地下水の開発を目的とした外資による森林買収が増加傾向にある。
林野庁の確認では平成17年以前は5件、20ヘクタールだった森林買収は、
平成18~24年には68件、801ヘクタールに激増している状況にある。
 
地下水は今まで「私水」と考えられてきたことから、法律で規制されてこなかった。
水源林の所有者の行為を規制する法的根拠がなかったのである。
 
今回の水循環基本法では、『水は国民共有の財産』で、『水の適正かつ有効な利用の促進などの措置を適切に講じる』と規定しており、
「健全な水循環を阻害する行為は規制されるべき」との考えから、地下水を国や自治体の管理対象に含めている。
これにより、地下水の乱開発など、水資源を保全するうえで不適切な行為を規制することが可能になる。
 

2.雨水利用推進法

雨水利用推進法は、雨水を貯留する施設を家庭や事業所、公共施設に設置することを通じ、
トイレの水や散水などに有効利用すると同時に、下水道や河川に雨水が集中して流入することを防ぎ洪水を抑制することが狙い。
 
国は「雨水の利用の推進に関する基本方針」を定め、建築物における雨水利用施設の設置目標を決定し、
雨水利用施設の設置に対する税制優遇や補助などを行う。
地方自治体の建築物には努力義務を設定し、地方自治体が家庭などを対象に実施する助成制度へ国が財政支援するほか、
調査研究の推進や技術者の育成にも努める。
 

3.今後の方向性について

今回、成立した「水循環基本法」と「雨水利用推進法」は8月1日から施行される。
 
地下水が規制対象となったことで、表流水と地下水を一体として管理することが可能になり、
水循環という自然科学的な理念を、行政の枠組みで実現できる環境が整った。
今後、同法の目的を確実に実現していくには、さらに実効的な規定を備えた法律を整備し、
水循環基本法が掲げた理念を各個別法へ反映していく必要がある。
 
また、単に中央省庁の縦割りの改善のみならず、上流の森林や農地から下流の沿岸部までを構成する地方公共団体が、
流域圏として相互に協力し統合的に管理するなど、地域主権的な方向性も模索されるべきであろう。
 
さらに、今回の「水循環基本法」と「雨水利用推進法」の成立は、
今回の特集テーマである短時間集中豪雨、台風、津波溯上などの対策にも大きな効果が期待される。
 
従来、防潮堤、防波堤といった河川氾濫対策を立案するには、
国土交通省、環境省、経済産業省、厚生労働省など各省庁の調整が必要であった。
今回の法律により、内閣に設置される「水循環政策本部」が中心となって調整することが可能となり、
より総合的な水害防止の政策を立案できることになる。
流域に関わる水害対策を総合的に管理でき、水に対する防災事業の統合化、効率化が図られるようになろう。
 

参考文献

2)一般財団法人建設経済研究所:「建設経済レポート62号」、2014年4月
 
 
 
アジア諸国における水害対策の最前線《前編》
アジア諸国における水害対策の最前線《後編》
 
 
 
【出典】


月刊 積算資料SUPPORT2014年06月号
特集「豪雨・台風・海岸防災対策資材」
積算資料SUPPORT2014年06月号
 
 

最終更新日:2023-07-11

 

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