- 2024-10-24
- 積算資料
100 The World Conference For Future Sustainability and Resilience In Tokyo
1. はじめに
2024年5月7日から3日間の会期で「100年後の安心のためのTOKYO強靱化世界会議」が東京都千代田区のイタリア文化会館を会場に開催されました。
本会議は激甚化する風水害や、大規模な地震・火山噴火などの災害リスク、また、人口集中により増大するパンデミック、電力供給や通信の途絶などのリスクから、東京の首都機能や経済活動を維持、都民の生命や暮らしを守るために、世界的視点から英知を集め共有することを目的としていました。
土木学会レジリエンス委員会が行った東京湾の大規模高潮の被害想定によると、高潮浸水面積は東京17区に及び212km²、昼間人口約400万人に影響がでるといわれます。
被害額は約115兆円に達し、国難とも言うべき大災害になります。
また東京の水害対策の要である荒川放水路は通水以来100年間、日本の首都東京を一度も決壊することなく水災害から守ってきました。
しかし今、流域の社会経済発展と人口増加により、これまでにない巨大な洪水の危険にさらされています。
さらに、高度経済成長期に行われた工業用水の過剰な地下水汲み上げにより地盤沈下が生じ、約250万人が海抜ゼロメートル地帯と呼ばれる海水面以下の地域に居住しています。
関東大震災から100年を迎え、1910年の東京大水害の再発を防ぐために建設され、100年にわたり東京を守り続けてきた荒川放水路の節目を迎えるにあたり、増大するリスクを見つめ直し将来の東京の「安全」を実現することは極めて重要なことです。
強靱で持続可能な首都であることは日本だけでなく、世界平和と世界経済にとっても重要な責任です。
過去100年にわたり、東京は大災害の後、何度も復興を繰り返してきました。
東京が今後100年、そして未来に向けて発展し続けるためには、増大し続ける危機に対する新たな防衛策を模索する必要があることからこの会議が開催されました。
【会議の様子。世界一の防災都市TOKYOを目指して、市民・研究者・企業の英知が結集した】
小池東京都知事挨拶(ビデオ出演)
都民を水害から守るための荒川が通水して100年、その節目に東京強靱化世界会議が開催されるに当たりまして、ご挨拶を申し上げます。
東京では地震を始め大規模な風水害、火山の噴火、新たな感染症の流行などがいつ起きてもおかしくありません。
これらが複合的に発生する最悪の事態も想定されます。
また最新のIPCCの報告書では風水害の引き金となる気温上昇の切迫性も改めて示されました。
災害が起きても都民の命と暮らしを守り壊滅的な被害を何としても防がなければなりません。
昨年12月東京都は豪雨対策や地震対策などで新たな取り組みを追加しまして東京強靭化プロジェクトをアップグレードいたしました。
2040年代までに総事業費17兆円を投資しまして取り組みを加速してまいります。
これまで環状7号線の地下などに雨を一旦貯める地下調節池を整備してまいりました。
これを将来的には海までつなぎまして「地下河川」を作る計画を進めています。
また万が一堤防が壊れても避難先となる高台や避難経路を確保するなどセーフティネットを何重にも構築してまいります。
一方で水害を激甚化させている大きな要因、それは気候変動です。
東京都は脱炭素社会に向けまして2030年カーボンハーフ、2050年ゼロエミッション東京の実現、これを目指しております。
飛行機の回避とエネルギーの安定確保を両立させるために政策を総動員して取り組んでまいります。
100年先も都民が安心できる首都東京を築き上げるには国や区市町村企業や研究機関など多様な主体との連携、協働が欠かせません。
増大し続ける危機に対しまして「備えよ常に」という精神で対策を重ねていきましょう。
この会議が有意義な議論の場となることを期待いたしております。
2. 基調講演
①「高潮からヴェネツィアを守る強靭な防護堰 MOSE 堰」
ジョヴァンニ・チェッコーニ 工学博士(イタリア)
ヴェネツィアにはラグーン(潟湖)があり、不安定ながらもこれまでずっと都市環境を守る自然の生態系が形成され続けていました。
ところが今日では、平均海面の上昇によってそのバランスが脅かされています。
1966年11月に起きた高潮災害によって、ヴェネツィアの歴史ある中心部を守るためには海とのつながりを遮断しなければならないことが誰の目にも明らかになりました。
綿密な研究の結果、ブイ状のゲートを連結したシステムによる解決策が見つかり、「MOSE堰」と名付けられました。
完成以来、このシステムは2022年11月の大洪水を含む80件以上の洪水を防いできました。
「MOSE 堰」は、耐用年数100年で設計されています。
ところが現在では、気候変動により今世紀末の平均海面はこれを超えて上昇すると予想されています。
さらなる改良策の検討は今すぐ開始しなければなりません。
一方、「MOSE 堰」は洪水対策と環境保護を両立させることができる柔軟性を持っているシステムなので、今ある能力を最大限活用することが求められます。
また、洪水防止のために部分的にラグーンを閉鎖せざるを得ない場合でも、ヴェネツィア港運用とラグーン生態系の両方に与える悪影響を最小限に抑える施策の検討を考えなければなりません。
「MOSE 堰」は今後も改良され続けるシステムなのです。
②「オランダの高潮対策と世界高潮対策堰連合」
マーク・ウォルラベン(オランダ王国高潮バリア管理運営部)
既存の防潮壁の課題は、気候変動により、ますますリスクが増大する一方、稼働の増加により保守時間が短縮されることが予想されます。
既存の防潮壁に対して今すぐリスクを考慮して将来の設計に組み込む必要があります。
海面上昇と高潮風雨の変化は、人口増加と沿岸部への移住とともに、沿岸洪水のリスクを増大させています。
低地に住民、インフラ、サービスが集中しているため、沿岸都市では悪影響が増幅されます。
多くの沿岸都市は河口に位置しており、海岸線が長く露出しているこれらの地域では、洪水防御を提供するために高潮堤が建設されています。
これらの複雑でユニークで高価な構造の寿命は100年程度です。
複雑な性質のため、専門家の管理、保守、運用が必要です。
高潮堤の独特な構造が課題を抱えているのです。
可動式高潮堤はそれぞれプロトタイプ、つまり独自の構造と考えることが大切です。
これは、特定の物理環境、特定の要件、および特定のタイプのリスクに対応するために、全てのバリアシステムが個別の形式なのです。
たとえば、高潮防御壁のタイプは、潮汐範囲や高潮の規模の開口部の幅、および運用頻度に応じて異なって設計されています。
ここが非常に大切なところです。
【基調講演をしたジョヴァンニ・チェッコーニ博士(左)とマーク・ウォルラベン氏(右)】
3. 活動および意見発表
①「来るべき洪水リスクに備える都市レジリエンス」
ツアオ・ブ・クイェン・アン 博士東京大学(ベトナム)
世界中の低地における沿岸都市での洪水リスクの増大が予測されています。
緊急事態下では、状況を理解することと警報を認知確認することについて、住民側の認識に違いが出てきます。
対象となる住民グループに警報を伝達する際の課題には、伝達装置の制約、脆弱な状況にさらされている住民の状況把握、警報情報の適時性と正確性の担保、人材不足などが挙げられます。
洪水に対する都市のレジリエンスを強化するためには、自治体が増大する洪水リスクに個別で対応する課題を解決する努力を怠ってはなりません。
②「将来の海面上昇と台風強度の増加への適応」
ミゲル・エステバン 早稲田大学教授(イギリス)
IPCCは、海面上昇が進行中であり、20世紀を通じて加速し、その傾向が続く可能性が高いことを強調してきました。
特に、東京の場合には重要な問題を提起します。
なぜなら、20世紀初頭から中盤にかけての地盤沈下の結果、江東デルタの多くの部分が平均水準面以下になってしまったからです。
より早期に行動を起こし、防災計画を立案するには今後10~20年以内に検討を開始する必要があります。
無行動の場合のコストはさらに重大になるからです。
③「東京湾横断高潮防潮堤(東京湾潮小路)の提案」
太田秀樹 中央大学 他7名
羽田から幕張まで東京湾を横断する、長さ30kmの「東京湾横断高潮防潮堤」の設置を提案します。
東京東部低地のゼロメートル地帯を高潮水害から護るのが目的です。
防潮堤の基礎部にあたる海抜マイナス100mの深さの硬い地盤に、長さ30kmのトンネル状の地下遊水池を併設したいと考えています。
一時的にその水を地下遊水池に落とし込み、地下鉄から人々が避難する時間を稼ぐのが遊水池の目的です。
防潮堤の上には50m級の風車を並べ発電もします。
5階建て屋上庭園付き高級住宅地ビルを風車の間に建設します。
夢物語ではありますが、実現の可能性を追求してみたいと考えています。
④「空間情報技術を活⽤した災害対応の迅速化の取り組みおよび防災の高度化・効率化」
下野友裕 国際航業株式会社 河川海洋部
災害による被害軽減のためには、災害後の具体的なイメージを持ち、正しく備え、災害時に適切に行動することが重要です。
例えば、洪水や津波、高潮により氾濫する浸水被害や地震被害の状況を予測し、それらを地域住民に分かりやすく提供するハザードマップの作成等が挙げられます。
特に近年では、これら災害リスクに関する情報と、空間情報技術を活用して整備される『3D都市モデル』、『三次元河川管内図』等とを連携させ、視覚的に分かりやすく災害情報を伝える取り組みが大切です。
⑤「隅田川バリアによる生業と防災の両立の実現に向けて」
有川太郎 中央大学教授
田中昌宏 鹿島建設株式会社技術研究所 他5名
東京湾における高潮偏差の確率年を検討し、避難時間や被害額を明らかにするとともに、ハード対策の効果を検証しました。
その結果、以下のことが確認されました。
1m程度の高潮の再現年数は500年程度である。
つまり、数百年に一度程度の高潮の高さは1m程度ということになります。
浸水開始時間における堤防嵩上げによる効果は、台風の状態によっては小さい可能性が示唆されました。
これは避難の観点からは重要な示唆と考えます。
隅田川河口に可動式防波堤を設置した場合の被害軽減効果は、可動式防波堤の開口率が1%の構造では、3mの堤防嵩上げ効果に相当する可能性があることがわかりました。
開口率7%の構造でも、1mの堤防嵩上げ効果は確保できると考えられます。
⑥「無動力・操作不要の『フラップゲート式水害対策設備』の開発について」
仲保京一 日立造船株式会社水門設計部長
フラップゲート式水害対策設備は、津波・高潮対策技術として、津波・高潮に伴う潮位上昇や浸水に伴う浮力等を利用して、開口部を無動力かつ人為的な操作無しに自動閉塞する画期的な技術です。
海底設置型ゲートは、扉体、函体およびテンションロッド等から構成されます。
開口部に一列に並べて配置される扉体は、底部回転軸を中心に旋回起立することで連続した防波堤を形成します。
扉体は常時海底に倒伏した状態ですが、浮上に必要な浮力は平常時に扉体空気室内へ給気しておくことで確保し、常時は扉体が浮上しないよう、函体に設けたフックにより扉体先端を係留します。
係留フックを解放操作することで、扉体自体の浮力により先端が水面に出る高さまで浮上し、津波・高潮に伴う水位差を利用して、所定の高さ(角度)まで無動力で起立することが出来ます。
【ロビーには多くの論文や資料が掲示され、参加者たちの興味をひいた】
4. パネルディスカッションⅠ 「東京強靭化へ向けた事前防災対策」
〈コーディネーター〉
土屋信行 リバーフロント研究所審議役
〈パネリスト〉
竹村公太郎 日本水フォーラム代表理事
平田 直 東京大学名誉教授
山口芳裕 日本医師会救急災害医療対策委員長
山田 正 中央大学名誉教授
廣瀬昌由 国土交通省水管理・国土保全局長
谷崎馨一 東京都技監(都市整備局長・都市整備局技監兼務)
三井元子 日本河川協会理事・あらかわ学会事務局長
【パネルディスカッション I 。左から、土屋氏、竹村氏、平田氏、山口氏、山田氏、廣瀬氏、谷崎氏、三井氏】
・東京は日本の人口の約10%に相当する1400万人が集中し、地域GDPでは日本の24%の経済活動が行われています。
ここを襲う想定最大の高潮では、その被害は212㎞²、人口395万人、最大浸水深さ10mを予測しています。
マグニチュード7クラスの首都直下地震の発生確率は約70%と想定しており、人口集中がもたらすパンデミックにおける医療体制はまだ不十分で、災害時医療要員も不足しているのが現状です。
市民生活における基本インフラであるライフライン、特に電力や通信情報の発災時における途絶は重大な危機をもたらします。
・そして最も重要なことは、これらのリスクがそれぞれ単独に発災するのではなく、あらゆるリスクが同時に起こるのが首都である大都市東京の置かれた現況なのです。
さらにそこに覆いかぶさってくるのが地球温暖化による気候変動なのです。
・あらゆるリスクを複合災害として認識し、住環境の根本的安全の確保、医療を安全と安心が融合した国家安全保障の枠組み構築、そこでは100年後の安心の確保として東京湾高潮防御人工島を検討することも一考です。
これらのことによる心豊かな川づくり水辺つくりは都市生活者にとって必要なことなのです。
5. パネルディスカッションⅡ 「ヴェネツィア・ラグーナにおける環境回復力の向上」
〈コーディネーター〉
陣内秀信 法政大学名誉教授
〈パネリスト〉
ジョバンニ・チッコーニ 工学博士(ヴェニス・イタリア)
樋渡 彩 近畿大学講師(ビデオ出演)
古川恵太 東京海洋大学客員教授
土屋信行 リバーフロント研究所審議役
【パネルディスカッションⅡ。左から、陣内氏、ジョバンニ氏、古川氏、土屋氏】
・水と共生する都市を築き上げたヴェネツィアは世界の人々を魅了しています。
ラグーナの湿地には、豊かな自然環境があり、農業・漁業による食糧確保が容易で、古代ローマ時代以前から人々が暮らしてきました。
中世に交易で栄えた19 世紀ころにイタリア王国に編入され、開発に偏ってしまいましたが、1966年大水害に見舞われたことを契機に、自然環境を重視することの大切さに見直しました。
「MOZE 堰」はこれらのラグーナの環境と共生することを見事に組み込んだインフラ整備です。
・江戸時代の東京湾は、漁業、商い、食、遊び、祈りの拠点として、豊かな自然環境、生態系を保ち活用されていました。
今はこれらの風景や生態系の多くは失われてしまいましたが、葛西沖人工なぎさはラムサール条約登録湿地となるほどの環境が復元しています。
少しずつでも湿地環境を取り戻す活動を継続することが大切です。
6. おわりに
この会議において、大都市が直面しているリスクは世界共通であり、特に地球温暖化による海面上昇に対しては各国とも根本的適応策を大規模に講じ、さらに今後増大するリスクへの検討も始めているとのことでした。
東京においても各国と同規模の「東京湾高潮防御人工島」などの根本的適応策が必要だと考えさせられました。
100 年後の安心のためのTOKYO強靭化世界会議
実行委員
実行委員長 竹村公太郎 日本水フォーラム代表理事
事務 局長 土屋信行 リバーフロント研究所審議役
監 事 畔柳昭雄 日本大学理工学部名誉教授
【出典】
積算資料2024年7月号
最終更新日:2024-10-24
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