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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 軟弱地盤・液状化対策 > 地質リスクマネジメントの現状と今後の展開

はじめに

建設事業における地質・地盤の不確実性に起因する事故やトラブルを最小限に抑え、且つ建設コスト低減や品質確保を図るため、地質リスクマネジメントの考え方が普及し始めている。
 
地質リスクマネジメントの基本的な考え方は、2020年3月に国土交通省および国立研究開発法人土木研究所が公表した「土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン」1)により認知が進み、実際の建設事業においては「地質リスク調査検討業務」の発注が進むことにより、地質リスクマネジメントの重要性やその効果が認められつつある。
 
こうした中、2022年9月土木学会より「地盤の課題と可能性に関する声明」2)が発表された。
声明では、地質リスクマネジメントに関して、地盤や地下問題に多くの不確実性が含まれるため、地盤・地質リスクの評価とマネジメントを受発注者の対等な関係のもとで実践することが重要と指摘している。
 
このように地質リスクマネジメントの重要性に対する理解は広がりつつあるが、公共事業における事業費増加の主な原因は、依然として地質・土質条件によるものが多く、さらに地質リスクマネジメントに対する取組みの継続と拡充が必要である(図-1)。
 
本稿では、地質リスクマネジメントへの取組みの現状として、地質リスク調査検討業務の発注動向を報告する。
また、一般社団法人全国地質調査業協会連合会(以下、全地連)による地質リスクマネジメントに関する2つの取組みについてその概要を紹介する。

図-1 公共事業における事業費増加の主な要因3)より作成
図-1 公共事業における事業費増加の主な要因3)より作成

 
 

1. 地質リスク調査検討業務の発注動向

地質リスク調査検討業務については全地連が「地質リスク調査検討業務の手引き」4)を公表し、業務発注が進められている5)

図-2 地質リスク調査検討業務発注件数の推移※R6年度は2024年5月段階
図-2 地質リスク調査検討業務発注件数の推移
※R6年度は2024年5月段階

 
図-2に地質リスク調査検討業務の発注件数の推移を示す。
発注件数はH30年度以降、概ね10~15件で推移しているが、R1年度より高速道路会社、さらにR2年度より僅かではあるが地方自治体まで発注が拡大している。
地方自治体については、岐阜県、鹿児島県、兵庫県で積極活用している。
また、R3年度からは鉄道運輸機構からも発注が始まっており、年々発注数が増えている。
図に示す通り、発注件数は必ずしも急激に増大しているわけではないが、国土交通省を起点にして各機関に発注が拡大している状況が伺える。
なお発注形式としては、国土交通省では全てプロポーザル形式での発注だが、地方自治体では指名競争入札が主体となっている。
 
地域別の発注動向としては、国土交通省は北海道、近畿が先行して牽引し、最近では中国、関東で活性化している。
東北・沖縄は現時点では発注実績なしという状況となっている。
 
発注形式も地域ごとに多様化しており、後述の通り、北海道開発局では「地質調査計画策定業務」や「道路地質総合解析業務」が地質リスク検討を伴う業務として発注されている。
また、北陸地方整備局では、設計要領(道路編)において地質リスク調査検討の実施を明記しているほか、「道路マネジメント業務」の中で地質リスクマネジメントを行うこととされている。
 
なお、地質リスク調査検討業務の発注額は、1件当たり平均2,000~2,600万円となっている。
業務の積算基準としては、全地連が実態を踏まえた歩掛を全国標準積算資料6)に掲載しているため、地質リスク調査検討業務の積算に当たっては活用されたい。
 
 

2. 地質調査計画策定業務

ここでは、地質リスクマネジメントをさらに普及させるために必要な取組みとして、「地質調査計画策定業務」について述べる。
地質調査計画は、本来、地質調査に関する専門知識と当該現場に関する地質リスク評価があって初めて的確に策定することができる高度な業務である。
国土交通省では、業務の内容が技術的に高度なもの、または専門的な技術が要求され、提出された技術提案に基づいて仕様を作成する方が優れた成果を期待できる場合は、プロポーザル方式を選定することとしている。
図-3に示す通り、地質調査計画策定業務は、地質調査業務の中でプロポーザル方式での発注が適当とされ、地質リスク調査検討業務と並び、高度な知識および構想力・応用力の両方が最も必要な業務として位置付けられている。

図-3 標準的な業務内容に応じた発注方式の目安7)
図-3 標準的な業務内容に応じた発注方式の目安7)

 
これまで地質調査計画策定業務が単独で発注されることは少なかったが、北海道開発局においては2020年度から複数件の地質調査計画策定業務がプロポーザル方式で発注されている。
その代表的な業務の目的が、「本業務は、○○道路において、事業箇所の地形・地質を踏まえ、計画・設計・施工・維持管理においてリスクとなる地質的要因を抽出・特定する。
また、抽出・特定された地質リスクの対応を踏まえた地質調査計画の立案を行うものである。」とされており、実質的に地質リスク調査検討業務とほぼ同様の内容であると言える。
 
このような北海道開発局の試みは、地質リスク検討という発注者にとって取りつき難いイメージを払しょくし、より発注しやすい業務として地質リスク調査検討の入り口業務としても活用できるものと考えられる。
 
以上は、重要な路線や大規模な事業などが対象となると考えられるが、翻って一般的な地質調査業務発注のための調査計画は果たして的確に行われているか、という疑問が生じる。
今後は専門知識の十分でない発注者を支援する調査計画支援業務も一考に値すると考えられる。
 
 

3. 事業促進PPPにおける地質リスクマネジメントの活用

地質リスクマネジメントの普及を図るために必要なもう一つの取組みとして、「事業促進PPPにおける地質リスクマネジメントの活用」について述べる。
 
事業推進PPPとは、事業促進を図るため、直轄職員が柱となり、官民がパートナーシップを組み、官民双方の技術者が有する知識・経験を融合させながら、事業全体計画の整理、調査・設計業務等の指導・調整、地元及び関係機関等との協議、事業管理、施工管理等を行う方式である8)
発注数は年々増加し、発注が始まった2012年度と比べて2022年度では8.7倍となっている。
 
事業促進PPPは、大規模災害復旧・復興事業や平常時の大規模事業等に多く適用され始めているが、いずれも非常に重要な事業であり迅速、且つ安全な遂行が大きな命題である。
事業促進PPPは、調査~施工までのすべての段階を一気通貫で実施する。
そこで、地質・地盤に関するトラブルを極力回避し、円滑な事業遂行を行うために、調査から施工のすべての段階で地質リスクマネジメントを適用することが効果的と考えられる。
 
事業促進PPPでは、発注者チームと民間技術者チームがタッグを組んだ体制を基本とし、民間技術者チームには主任技術者として、事業管理専門家、調査設計専門家、用地専門家、施工専門家等が含まれるが、地質調査の専門家が加わることは少ない。
 
「地質・地盤リスクマネジメントの運用ガイドライン」による地質リスクマネジメント体制においては、民間の地質・地盤リスクアドバイザーが、主に地質リスク情報の総合判断と関係者間のリスクコミュニケーションを図ることで、事業全体の地質・地盤リスクマネージャの判断を助ける役割を担っている。
事業促進PPPの体制においても、地質調査専門家が管理技術者に地質リスクマネジメントの観点で助言を行うことで効率的な事業の
促進が期待できる(図-4)。
 
このとき、地質調査専門家として、GRE(地質リスク・エンジニア)資格者の活用が考えられる。
GRE(地質リスク・エンジニア)は全地連が認定する資格で、地質・地盤に関する高度な専門知識と豊富な実務経験、ならびに地質や地盤に関わる建設事業リスクをマネジメントする能力を有し、厳正なる技術者倫理を有する技術者である。
 
このような方式は、事業促進PPP以外にもPM/CM業務やPFI業務にも適用できる。
また、同様の観点で、地方自治体等を対象とした地質リスクマネジメントの支援を行うことも可能と考えられる。

図-4 事業推進PPPにおける地質リスクマネジメント体制のイメージ1)8)9)より作成
図-4 事業推進PPPにおける地質リスクマネジメント体制のイメージ1)8)9)より作成

 
 

おわりに

2024年6月に開かれた公共事業評価手法研究委員会の議論を踏まえ、国土交通省では事業費増額を抑えるため、事業費に影響するリスクを事業化前に分析・評価し適切な事業費を設定するとともに、事業開始後もリスクを継続的に評価するため技術指針の改定に乗り出すこととなった。
 
また国土交通省は、令和6年能登半島地震を踏まえ、2024年7月に開催された社会資本整備審議会道路分科会第23回道路技術小委員会において、道路計画の検討に際しては、周辺の地形や地質条件に関する情報とともに道路リスク評価の観点も踏まえる方針を打ち出した。
 
既述の通り事業費増額の最大の原因の一つは地質・地盤によるものであり、大規模災害への対策としても地質リスクマネジメントの重要性が認められてきている。
そのため、今後さらに地質リスク調査検討業務が活用されるとともに、本稿で紹介した地質リスクマネジメントの新たな取組みが推進されることが期待される。
 
 

参考文献

1)国土交通省大臣官房技術調査課・国立研究開発法人土木研究所・土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会:土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン- 関係者がONE-TEAMでリスクに対応するために-、2020.3
2)土木学会地盤の課題と可能性に関する総合検討会:地盤の課題と可能性に関する声明、2022.9
3)国土交通省大臣官房技術調査課公共事業調査室:令和6年度第1回公共事業評価手法研究委員会資料、2024.5
4)(一社)全国地質調査業協会連合会:「地質リスク調査検討業務」の手引き、2021.7(下記よりダウンロード可) https://www.zenchiren.or.jp/geocenter/
5)岩﨑公俊:「地質リスク調査検討業務」の手引き~地質・地盤の不確実性への対応~、積算資料公表価格版、p特集2~7、2022.10
6)(一社)全国地質調査業協会連合会:全国標準積算資料土質調査・地質調査 令和5年度改訂歩掛版、2023.9
7)国土交通省大臣官房会計課・大臣官房技術調査課・大臣官房官庁営繕部整備課・北海道局予算課:建設コンサルタント業務等におけるプロポーザル方式及び総合評価落札方式の運用ガイドライン、2015.11(2023.3一部改定)
8)国土交通省大臣官房会計課・大臣官房技術調査課・大臣官房官庁営繕部整備課:国土交通省直轄の事業促進PPPに関するガイドライン、2019.3(2024.4一部改正)
9)国土交通省発注者責任を果たすための今後の建設生産・管理システムのあり方に関する懇談会業務・マネジメント部会:「国土交通省直轄の事業促進PPPに関するガイドライン」の改正方針について、2023.1
 
 
 

一般社団法人 全国地質調査業協会連合会 地質リスクマネジメント委員会 委員
基礎地盤コンサルタンツ株式会社 技術本部
尾高 潤一郎

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2024年10月号


公表価格版10月号

最終更新日:2024-09-20

 

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